ベトナムの風に吹かれて

タイトルどおりの邦画公開されます。



今日では残された社会主義国(五ヶ国)の ベトナムは ドイモイ政策で経済発展中のようです。


1996年 夏 ベトナム ホーチミン

熱風と騒音のバイクの群れで道路を横断するのにも躊躇してしまうが 一定の速度で歩行すれば
バイクが避けてくれると現地ガイドのアドバイスもあった。

ベトナムでバイクは「ホンダ」と呼ばれていることは既に知っている方も多いと思います。



ベンタイン市場付近で見かけた彼らと 同じ様なケンケンパーを幼少時に行なっていました
そんな彼らも 今ではベトナム経済の発展に参加していると思いたい。
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北京 日より

1998年 1月 北京 天安門の空は 青空だった
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日本列島への PM2.5 攻撃 発生源とも言われているが 今日とは隔世の感を受けます。
北京の大気汚染、最悪レベル 指数、一時「危険」

さらに ODA(日本政府による開発援助)を受けながら GDP 世界第二位国になってしまう。
日本からの対中国援助形態別実績(年度別) PDF

六四天安門事件(1989年6月4日)から 約九年経ったが天安門広場内を警備する姿を見かけたが
恐る恐るカメラを向けて写真を撮ってみる。

今日は地方からの直訴する人民を防ぐため 天安門広場のパトロールは強化されているようです。

それにしても 本当に 中華人民共和国は社会主義の国 なのでしょうか

共産党 という名前だけの党指導層による特権や体制を守る 党 でしかないようにも映る。
(就業 移動 報道 発言 の制限は ある意味 負の社会主義か)

もはや 日本よりも貧富の格差が激しい[要出典]と思えるし
(過去に 栄える富める者から 先に との趣旨の最高指導者の発言も)

金儲けに敏感過ぎると思うのは やはり中国四千年の歴史と称する漢族のDNAからなのかも。

造反有利 毛沢東語録 紅衛兵 壁新聞 人民公社 革命委員会 文化大革命 の文字を 
物心付いた頃からリアルに見聞きした世代の当方は海の向こうの中国の動向にも気になったりした。

さらに 年を経て批林批孔運動を報道するNHK午後七時のニュースをリアルに見聞きして更なる
展開に思いを馳せたり 白や黒毛だろうが猫は鼠を捕まえれば良い猫 と覚えたりした。

そして四人組逮捕・裁判と最高指導者の七転び八起き をリアルに報道から観察出来た思いがあり
今から思えば 中国の内政問題を高みの見物していたような感がする。

そんな 中国が今では外政干渉(対立国では内政干渉)するまでに肥大化してしまい軍事や人権と経済で
周辺国や世界にも悪影響を及ぼす存在となり またも隔世の感を受けてしまう。



★★国慶節にあたり★★ 五芒星 (描けず五直星)





テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

あの人たちの 今は

身近な街で生活していても二度と会うこともない人々と交差している感も お互いにない。

昨今でも反日感情を表す 日本海 を隔てた朝鮮半島や東アジア地域に
住む一部の人々の言動から 日本人観光客で 彼の地への訪問数は

激減したと報道もされ 当方も久しく上陸(着陸)していません。

でも 以前は近場からと 1997年内に再訪した中華人民共和国では
滞在先 ウルムチ を選び元旦を迎えています。実際は12月29日の

北京西駅21時発 ウルムチ駅 3日後の9時30分着、第69次特快の軟臥車で年越しました。
鉄路は続くよ 果てまでも ←趣味・乗り物系より

鉄路で60時間乗車しウルムチ駅到着、温度は零下10℃位だと後で知りましたが、
防寒対策は大丈夫と思っていたら手袋を忘れ手先から冷えが伝わったのか体がブルブルと震えを感じ、 

また、宿泊先のホテルを地図を頼りに市内を歩いていましたが分からず困ったと思った時に目の先に
別のホテルを発見し敷地内の清掃をしていたスタッフにライバル? ホテルへの行先を尋ねると、

先導されて案内されてしまい恐縮しチップを渡そうとしたら受け取らないので宿泊先ホテルの前で
記念写真を撮った代わりとしてチップを渡し、

良い意味での「雪女」か【救いの雪中女神】に遭遇したと思いました。

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案内されたホテルに荷を置いて落ち着いたのも束の間に再び路上へ、ウイグル族、漢族の男性の中には 
背広を着ているだけで歩いている方も多く見かけ寒さに慣れているんだと感心しながら、当方は寒さに

震えながら見つけた食堂に入って水餃子を注文(なぜかラーメンと注文できず) 手が悴んでいて上手く箸が
使えるまで時間が掛り漢族の店員に当方が困った顔を向けると「時間、タップリあるよ」と店員に笑顔で

返されたと勝手に理解し水餃子を食べて記念写真を撮らしてもらい、餃子作りを見せてと身振りから
分ったのか厨房? で写す。

ウイグル人が多くいる市場へ入ったが彼らの仕事振りや住居前で生活するウイグル人の姿を写真として
撮りたかったが話しかける勇気も無く写せなかった。

当時でも ウイグル族と 漢族は 同じ民族同士で集団となって行動しているように当方には映った。

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KIYO♂

Author:KIYO♂
旅・乗り物・株・創作小説・愛犬 ◆20160607未だに冬眠のため不定期活動。

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